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大野山福光園寺 概要 
  福光園寺の由来  福光園寺の境内
 
  大野山福光園寺 吉祥天 大野山福光園寺は真言宗智山派に所属し、真言宗七談林(僧侶弟子教育の場)の1つで著名な古いお寺です。

推古天皇の時代に聖徳太子が創立されたといわれる説があります。また、当時は聖徳太子が乗っていた甲斐黒駒という馬が産出された場所とされていて、ゆかりがあるという説もあります。その際に山号を駒獄山としました。
当時は先程の馬の牧場があり、その上に当山があったと言われています。
毘沙門堂には、当時から残っていると言われている吉祥天立像(現在調査中)が石仏にて安置されています。

養老年中(717~23)行基菩薩が当山に行脚中滞在し、本尊不動明王(火災にて現在焼失)を彫刻して、仏法結縁の霊場とされていました。

 その後、真言宗開祖である弘法大師空海が当山に行脚中滞在した際に、加持祈禱により湧出したと言われている牛池は現在も残っています。また真筆の般若心経2巻が残されていると伝えられていました。しばらく深い由緒により、多くの衆生を競って帰依しました。しかし諸堂伽藍を完備し隆昌を極めましたが、多くの変革を経て荒廃してしまいました。

 創立以来数百年を経て、保元2年(1157)当地の領主であった大野対馬守重包を中興開基に、賢安上人を中興開山として再建をはかり、諸堂伽藍を備わり寺号を大野山と称しました。

 戦国時代、武田信玄公(以下、信玄公)より深い帰依を受けて、甲斐、信濃や駿河の3ヶ国中に寺領を賜り、さらに甲府に長谷寺を建立して大野寺の祈禱寺としました。また金欄の七条袈裟、仏典や宝剣等が信玄公によって寄進されました。また武田勝頼公よりも手厚い庇護を受けて、数通の印判状を賜ったとされています。 天正2年(1574)山寺号を現在の大野山福光園寺と改めました。徳川家代々より寺領安堵の御朱印状を賜り、御祈願に勤めたとされています。
大野山福光園寺 標識
  当時は無本寺でありましたが、寛文12年(1672)初めて嵯峨大覚寺の末寺に、また宝永年間には松平甲斐守の祈願所となり、これらの由来により天明4年(1784)御城代により、甲府御城開門の許可を受けました。

 以前は塔頭16院、寺領26石、寺城8,652坪(38,651平方米)未寺、寺領を甲府、信濃や駿河に所有していました。殿堂や伽藍善美に尽して、隆盛を極めた時代もありましたが、天正元年(1573)には落雷により諸堂がことごとく焼失してしまいました。その後、再建した御堂は安永7年(1778)7月27日、また寛政12年(1800)10月24日の再度の火災により旧観を全く失い、古文書や什宝などが多く焼失して、その節に火災を免れたのは鐘楼門だけとされています。

文政年度(1818~29)本堂や土蔵を建立して、さらに慶応年度(1865~67)客殿、庫裡や玄関の三か所を再建しましたが、明治9年(1876)の暴風のため、先程の三か所はことごとく倒れてしまい、その後明治11年(1878)に再建しました。

明治22年(1889年)今の真言宗智山派に
大正6年(1917年) 鐘楼門改築
昭和22年(1967年)本堂の屋根替え
昭和61年(1986年) 保存庫建立
平成19年(2007年) 鐘楼門改築、笛吹市指定文化財に
現在に至ります。

文化財

吉祥天座像・多聞天立像・持国天立像 国指定重要文化財(昭和58年) 
香王観音立像                県指定文化財(昭和34年)
鐘楼門                    市指定文化財(平成19年)   など
   
  大野山福光園寺 境内
    全景  鐘桜門  本堂  牛池  持国天像・吉祥天・多聞天  香王観音立像  石像仏群
 
境内見取図 
(見たい場所・見取図をクリックしてください
 大野山福光園寺 見取図

 大野山福光園寺 山門  大野山福光園寺 鐘楼門 

寛文12年(1672)に建立され、度重なる火災や台風の難を免れてきたその当時のことを知ることのできる大変貴重な門である。梁間2間、行間2間の2本の親とその前後4本の控柱からなる四脚門で、入母屋造瓦葺(往時茅葺)であった。梵鐘の銘から繁栄した当時の様子を伺い知ることができます。平成19年改築に伴い屋根が銅板となりました。同年、市指定文化財に。

鐘をつくことは昔から供養であるとも考えられています。年中行事である除夜の鐘突き祭では、108回突くことが有名であるが、その諸説には煩悩の数や一年間を示すという説とともに、四苦八苦を取り除くという説もあります。

 大野山福光園寺 本堂図   大野山福光園寺 本堂

現在の本堂は別名毘沙門堂ともいわれ、吉祥天、毘沙門天、持国天の3体が安置されていましたが、保存庫の完成に伴い3体はそちらに移動しました。  本尊は大日如来の化身である不動明王が厨子の中に今も深く安置されています。 文政12年(1829)建立に着手し、天保3年(1832)に竣成し、梁3間、行間3間反で梁、桁木組斗組の妙に同時代の宮大工(下山大工)の技法が見られます。また正面の臥龍や鳳凰等にも当時の彫刻師の巧みさを感じることができます。

不動明王は、悪を降伏するために恐ろしい姿をされており、すべての障害を打ち砕き、仏道に従わないものを無理矢理にでも導き救済するという役目を持つと言われております。姿は目を怒らせ、右手に宝剣を持ち左手に縄を持つ大変恐ろしい姿をしていますが、その心は人々を救済しようとする厳しくもやさしい慈悲に満ちているとされています。念ずる人の(祈願者の)願いによって、どんな御利益でも受けることができるとされています。

御開帳日(1/3、4月第1週日曜、12/31)

御真言
のうまく さまんだ ばざらだん せんだ 
まかろしゃだ そわたや うん たらた かんまん

 大野山福光園寺 牛池図   大野山福光園寺 牛池

 今から1200年前、弘法大師が当山に行脚中滞在した際に、加持祈禱により湧出したと言われています。それ以来どんなに日照りが続いた年でも清水がこんこんとして湧出し、今も断えることがありません。地中に臥牛に似た自然石があります。牛池と呼ぶのは、そのことが由来であるとされています。

 弘法大師にまつわる伝説は、寺院の建立や仏像などの彫刻あるいは聖水、岩石、動植物など多岐にわたりますが、特に弘法水に関する伝説は日本各地に残っているとされています。弘法大師が杖をつくと泉が湧き、井戸や池となったといった弘法水の伝承をもつ場所は、日本全国で千数百件にのぼると言われています。弘法水は、場所やそのいわれによって、「独鈷水」「御加持水」などと呼ばれています。

 大野山福光園寺 宝蔵庫   大野山福光園寺 吉祥天ほか

 昭和58年6月6日、国指定重要文化財に。この3体は胎内名によれば鎌倉時代の寛喜3年(1231)当時の国司、在庁官人であった三枝厚守や橘重信及びその一族が、国衙勢力の復興を願って造顕したとされています。鎌倉時代を代表とした仏師である運慶の愛弟子の蓮慶の作であります。当時台頭する甲斐源氏、特に武田氏に対する旧勢力の復権への悲願、対抗意識と焦燥を感じることができます。

吉祥天の座像は、全国的に見ても貴重なものとされています。(全国では、2対しかないとの報告を受けています。)子孫繁栄や福徳増益の功徳天として大衆信仰を集めています。吉祥天の「吉祥」とは繁栄・幸運を意味し、幸福・美・富を象徴する神とされており、密教においては功徳天や宝蔵天とも呼ばれ、美女の代表としての尊敬を集め、五穀豊穣も信仰されています。 また、古来人々の中に入ってこられてともに苦しみ、ともに喜んで下さる大変身近な仏様として親しまれておられます。
像高、吉祥天112㎝他多聞天立像117㎝、持国天立像117㎝

近年、癒しの仏像として注目を浴びています。
吉祥天は女性の仏様で、良縁・子宝についてお願いすると、御利益を受けることができるとされ、大変注目を浴びています。また、その美貌により見たものに対して、癒しを与えてくださるとのお声をいただいております。
ぜひ一度、拝観にお越し下さい。

御真言
吉祥天
おん まかしり えい そわか
持国天
おん でりたらしゅたら らら はらまだな そわか
多聞天
おん べいしら まんだや そわか

大野山福光園寺 香王観音   大野山福光園寺 香王観音立像

 昭和34年2月9日県指定文化財に。本像は古くは寺門外の観音堂に安置されている。本像は火災の時に門外にあったので、付近の井戸の中に入って難を免れたと言われています。 現在は欅の木肌木目だけで、漆箔の跡や彩色の跡を認めることはできません。 宝冠をはじめ両手先、足先などを失い、台座光背は元禄年間の後補であります。 弘仁的風格を備えた、藤原時代の一本造りで、おそらく大野寺当時の本尊と推考されています。
像高は152cm

 香王観音は瑠璃観音とも呼ばれ、三十三観音の一つであります。観音様が人々を救済するために、その姿を変えた御姿の一つであるとされています。さまざま人々を自在に救済してくださる観音様とされています。

 大野山福光園寺 石像図  大野山福光園寺 石像仏群

 庚申塔、弘法大師像や六地蔵があり、幾多の石像仏はそれぞれの時代の信仰の対象として、門前に今も佇んでいます。

 地蔵の地は大地を意味します。大地は私たちの衣食住から金銀財宝に至るまで、いろいろなものを与えてくれます。お地蔵さまも同様に私たちにいろいろな恵みを与え、その生活を護持するところからこの名前がつきました。安産・健康・長寿・智恵・豊作・求財などに御利益があると言われています。


   

 当山へ御拝観時、まず皆様をお迎えしてくださる非常にありがたい御地蔵様です。

 ぜひその表情を見てください。どこか癒しを与えてくださるお顔をされております。
 当山御拝観の際には、まず最初に合掌にてご挨拶を必ずしてください。
 また、お体に不調や痛みなどありましたら、その部分に触れてください。その行為にて守っていただけると言われています。

御真言
おん かかかび さんまえい そわか

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